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岡たかおの「岡目八目」

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2006年2月の28件の記事

2006年2月 8日 (水曜日)

弥彦線

鉄道の「上り」・「下り」と言うと、東京駅を起点として定められています。東京駅から出発する列車はすべて「下り」となります。ところが、これに反する路線があります。それが「弥彦線」です。

弥彦線(弥彦~東三条)の弥彦駅は、接続路線がない末端の駅です。普通は、路線の末端の駅から出る列車は「上り」となりますが、弥彦駅から出る列車は「下り」となります。すなわち、東京駅に向かう方向が「下り」となり、弥彦駅に向かうのが「上り」となります。

何故このようになっているのでしょうか。弥彦駅の近くには弥彦神社があります。神社の参拝に弥彦線を利用する人も多いでしょう。神社の方へ向かっていくから「上り」だ、というのです。本当にそのような理由なのかはわかりませんが、そう言われています。

余談ですが、東京駅を通る電車で、通常「上り」・「下り」と言わないものがあります。実際は「上り」・「下り」は存在しますが、東京駅を過ぎるとかわってしまうので使いません。山手線は「外回り」・「内回り」、京浜東北線は「北行き」・「南行き」です。

2006年2月 7日 (火曜日)

日本海東北道

新潟県は5つの県と隣接しています。新潟市から車でそれらの県に行く場合、高速道路が利用できます。群馬県には「関越道」、富山県には「北陸道」、長野県には「上信越道」、福島県には「磐越道」で行けます。ただひとつ、山形県が例外です。それでも、新潟県から山形県に続く高速道路の建設計画はあります。「日本海東北道」がそうで、現在、新潟中央JCT~中条ICまで開通しています。

この先の建設コストをどこが負担するか決まっていませんでした。今日の 国土開発幹線自動車道建設会議 で、中条IC~朝日IC(仮称)の方式が決まりました。この区間のうち、中条IC~荒川IC(仮称)は高速道路会社が有料道路として建設し、荒川IC~朝日ICは採算性が悪いという判断から、税金を投入するいわゆる「新直轄方式」となりました。「新直轄方式」は、国と地方が建設コストを負担し、開通後は無料となります。

高速道路は、都市間を結ばないと意味がありません。朝日IC以北も含めて、早期の開通を望みます。果たして、新潟県から山形県へ直接高速道路へ行ける日はいつ来るのでしょうか。

2006年2月 6日 (月曜日)

「新津区」

政令市移行後の行政区の名称を審議している新潟市行政区画審議会で、区名案に旧市町村名を含めないことが決まりました。もともと旧市町村名は候補に含めないということに決まっていましたが、旧新津市の住民から、「新津」を区名案に入れて欲しいという強い要望があり、再審議することになりました。同じ区となる旧小須戸町側は反発。他の地域にとってもでも、一度決めたことを覆すとは何事だということになりました。「新津」を許せば、他の地域でも旧市町村名を許さなければならなくなります。最後は審議会の多数決で決めたようですが、旧市町村名を含めないとする意見が多数だったようです。

名称で紛糾するケースはめずらしくありません。新潟県北地域の、村上市と岩船郡の合併が白紙撤回されたのも、新しい市の名称を巡ってのことだと思います。旧新津市の住民は、今後どうするでしょうか。このまま審議会の決定を素直に受け入れるのでしょうか、それとも住民運動を起こして「新津区」を勝ち取るまで断固戦うのでしょうか。

区名にならないからと言って、地名に残らない訳ではありません。新潟市の一員ということを決して忘れて欲しくありません。

それでも「新津区」にこだわるのであれば、新津地区を新潟市から再分離させるしかありません。

2006年2月 5日 (日曜日)

エフエムとおかまち

昨日の2月4日、「エフエムとおかまち」(78.3MHz)が開局しました。十日町地域のコミュニティFM局です。

これで新潟県内に開局したコミュニティFM局は10局となりました。県の面積が大きいためか、全国的にも多い方です。ちなみに、最も多いのは北海道の19局です。

2006年2月 4日 (土曜日)

立春寒波

昨晩から冷え込みが一段と厳しくなり、今日も寒い一日でした。新潟県内の各地で今冬の最低気温を記録しました。新潟市は氷点下4.5度。これ程気温が下がるのは滅多にありません。日中もほとんど氷点下だったためか、路面はツルツル。とても滑りやすく危険でした。

「暦の上では立春ですが…」と天気予報の解説がありますが、立春の頃が一番寒いです。あとは冬の終わり頃に大雪が降って、春を待つということになるでしょうか。

2006年2月 3日 (金曜日)

地上デジタル試験電波 その6

新潟地域での地上デジタル放送も、開始まで2か月を切りました。現在、試験電波が発射されていますが、「試験放送」っぽくなってきました。

今年4月1日に本放送を開始するチャンネルのうち、BSN、NHK総合、NHK教育の3つのチャンネルでは、アナログ放送と同じ内容になりました。BSNでは、CMも全く同じ内容になっているようです。3チャンネルとも、データ放送も始まりました。まだ完全ではないようですが、一部のコンテンツが利用できます。番組EPGも、これらの3つのチャンネルは利用できるようになっています。

同じく4月1日開局のNST、10月1日開局のTeNYとNT21は、まだ環境映像の繰り返しのようです。

2006年2月 2日 (木曜日)

「Suica」と「モバイルSuica」

1月21日(土)から新潟でも「Suica」が使えるようになりました。信越本線の新潟~東三条、白新線の新潟~新発田、越後線の新潟~吉田の各駅で利用できます。

数年前に東京で作った「Suica」を持っていますが、ようやく地元で使えるようになりました。さっそく試してみましたが、何の問題も無く改札を通過できました。

1月28日(土)からは、「モバイルSuica」の運用も始まりました。当日の新聞には、auとDoCoMoの一面広告が掲載され、TV-CMも始まりました。よく考えてみると、「Suica」もしくは「モバイルSuica」は首都圏・仙台・新潟の各エリアだけなので、CMもこの地域だけなのでしょう。

「Suica」も「モバイルSuica」も、新潟エリアから他のエリアにまたがっての乗車で利用することはできませんが、エリア内の乗降であれば大丈夫です。エリアをまたがなければ、首都圏エリア(東京モノレール・りんかい線含む)、仙台エリア、近畿エリア(JR西日本「ICOCA」エリア)でも利用できます。また、「Suica」で買い物ができるお店も増えて、新潟県内にも登場しました。

2006年2月 1日 (水曜日)

「めぐみちゃんと家族のメッセージ 横田滋写真展」

1月26日から31日の6日間、「めぐみちゃんと家族のメッセージ 横田滋写真展」(あさがおの会、新潟日報社、朝日新聞社主催)が、新潟市の新潟大和で開かれました。拉致被害者・横田めぐみさんの父・滋さんが撮影した家族の写真展で、東京有楽町、立川市に続き3回目の開催が拉致現場となった新潟市となりました。

会場入り口には、拉致された直後に北朝鮮で撮影されたと言われる写真の特大パネルがありました。会場内には大勢の人が訪れていました。その数は6日間で2万5千人に達したそうです。めぐみさんが幼い頃から中学1年生までの写真がありましたが、その中でも特に、小学6年生のときに新潟市に転校してきた頃の写真の前が、最も多くの人が集まっていました。もう身動きがとれない程でした。滋さんが撮影した写真以外にも、行方不明となった現場の写真や、その後の家族会の活動状況などを紹介するパネルなども展示されていました。ビデオも上映されていましたが、大勢の人であふれていました。

新潟市内の当時の写真を期待していましたが、その時期の写真で展示されていたのは、既にテレビ・新聞・雑誌で見たものばかりでした。数はあったのですが、それだけ今までも公開していたということです。

この写真展の隣には別の写真展がありました。中越大震災と復興の写真展でした。一昨年の地震発生直後から、今年の正月の写真までありました。こちらの写真展もついでというか、流れにそって見てきました。なお、どちらの写真展も入場無料でした。

大和に行くのは久しぶりでした。エスカレーターが妙に懐かしかったです。